「抽象はいらん、具体をくれ。」:武田一成(映画監督)
彼は映画監督で、最近40歳も若い女性と結婚した鈴木清順の一番 弟子。日活で歌謡映画、ポルノ映画、児童映画などを撮っていた。 ぼくが会ったのは、ポルノ時代。「女の細道・濡れた海峡」「色道 講座・のぞき専科」「主婦の体験レポート・女の四畳半」「欲情の 季節・蜜をぬる18歳」「(秘)弁天御開帳」、いま彼の映画タイト ルを書いていくと、情緒というか情趣というか、何とも味わい深い 面白みや、バブル前の緩やかな時代を感じさせる。 当時、ぼくはライターの駆け出し者。でも若い人の乱暴な意見が欲 しいというので、行き当たりばったりのとんでもないアイデアを話 したり、台本を書き直したり、主題歌を書いたりしていた。打合せ 場所は、いつも新宿の飲み屋。飲みながら(でも二人ともそんなに 酔っていなかった)の一成さんの口癖が「抽象論はするな! 具体 的にどうするかを話せ!」だった。 例えば、「ここ、もう少し扇情的の方が…」はだめであって、どん な言葉でどんな動きでどんな言い方をするかを具体的に述べよとい うことだった。今考えれば、作り手の一人として(作るものは違っ ていても)よく分かるけれど、まだ若く抽象を弄んでいたぼくとし ては驚きであり新鮮だった。 そう、抽象は、それぞれの頭の中で理解できても一般化しにくい。 「誰にも分かりやすい抽象的な文章」なんて、だから成立しないの だ。ぼくの好きな田村隆一の詩の一節にこんなのがある、「愛の対 象となりうるものは、抽象的なものではないからさ」。 人類ではなくて一人の人間、世界ではなく小さなものの存在、そん なものが愛と言う言葉に答えてくれるということだけど、映画にも 同じこと(具体的な言葉があってしっかりと届く)が言えるのだ。 一成さんはとても早口で、「言葉は加速すると抽象的になる」 と いう語句も思い出すけれど、彼とよく飲んだ新宿3丁目の酒場がこ の6月で閉店というニュースを聞き色々思い出したのでした。
by ksfarm
| 2011-06-27 12:20
| あの人の言葉
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