入り組んだ暗く細い道の両側には、昔ながらの店が連なり、その道
を辿っていくと鎌倉時代に建てられたという天祖神社に突き当たっ た。神社は商店街の中にあるものの静けさに包まれ、カラスの鳴き 声と都電の走る音しか聞こえない。 この神社の御神木が、樹齢600年、樹高30メートル、太さ6メート ルという一対の大銀杏だ。写真上が雌で下が雄。雌は昭和24年の空 襲で被災。黒こげになり成長を止めたた主幹の周りにいくつもの支 幹を伸ばし、すべての葉が生命力を漲らせていた。 銀杏の巨木を見ていつも感じるのは、圧倒的な存在感だ。しかし、 同時に、アッケラカンとした開放感というか、原始的な素朴さも 感じる。 だからだろうか、「あ、恐れ入ります、すいません」とついつい謝 りたくなってしまう。 この銀杏、夫婦公孫樹とも呼ばれ、縁結びのご利益もあるらしいが、 この地・大塚は僕にとっても縁がある町だ。 ひとつは、この町の高校に3年通ったこと。そしてもうひとつは、ぼ くの大好きな詩人の一人、田村隆一の生まれ故郷なのだ。たぶん、彼 もこの大銀杏の下で色々悩み考え遊んだと思う。 「蒼き犬よ」:田村隆一(詩人) 1987年5月27日。ぼくは、彼の鎌倉の家を訪ねた。もう25年も前 のことになるが、その時田村隆一がぼくに向かって言った言葉が上 の言葉。一緒に行ったカメラマンは「千歳の熊」、大御所の女性ラ イターは「蜘蛛の巣」と言われた。蒼き犬。ま、「未熟なスパイ」 くらいの意味だったろう。なにせ、彼への取材があると聞き、ぼく は部外者なのに無理矢理連れていってもらったのだ。 彼のベッドの上での写真と、「詩と批評B」に書いてもらったサイン。 取材中、「もっといい話をするから、下へ行ってワインをもらって こい」と何回も言われた。「まだ帰るなよ、最終電車はまだあるよ」 とも。帰り際の悲し気な後ろ姿をよく覚えている。 そして、次に会ったのは、それから10年後の1998年8月26日、鎌 倉の妙本寺での葬儀の日だった。
by ksfarm
| 2011-07-15 15:08
| あの人の言葉
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